メジャーリーグ

メジャーリーグの世界

メジャーリーグのすべて

 「メジャーリーグの世界」では、
アメリカで国民的娯楽と言われている
ベースボールのコアであるメジャーリーグ
の魅力についていろいろな視点から
探っていきます。

 日本を代表するスター選手が次々と
メジャーリーグを目指す。

 彼らを惹きつける魅力はどこにあるのか。
 メジャーの歴史を振り返りながら探って
みましょう。


     〜ブラックソックス事件によるファン離れを救ったベーブ・ルース〜
 メジャーリーグの誕生は1876年にナショナルリーグが発足し1リーグ制でスタートしました。
当時は入場料が高く、聖職者は入場料が無料など、低所得者層は球場から締め出される形で、
非常に閉ざされた世界でした。


 1901年にアメリカンリーグが発足しました。当初は、ア・リーグの主催者の一人の
バン・ジョンソンがア・リーグをナ・リーグのオーナー達に説明しようとしたところ
無視されたことに怒り、サイ・ヤングなどの111人の選手を引き抜くなど、両リーグの関係は
良くありませんでした。
 第1回のワールドシリーズが開催されたのは1903年でした。


 創成期のメジャーを代表する選手といえば、サイ・ヤングです。
彼は22年間で906試合に登板し、完投749試合、511勝、完全試合1回を含む3回の
ノーヒットノーラン等まさに超人的な投手です。ちなみに日本でいう最優秀投手賞はメジャーでは  サイ・ヤング賞です。
これから日本人がサイ・ヤング賞を取る日も近いかもしれません。楽しみです。


 1919年メジャー史上最悪の事件、ブラックソックス事件が起こりました。
通算打率.356、最高打率.408の成績を残したジョー・ジャクソンら8選手が八百長に関わり、
永久追放された事件です。この事件で多くのファンが離れていってしまいました。
裁判所から出てきたジョー・ジャクソンに、一人の少年ファンが"Say it ain't so, Joe
(嘘だと言ってよ、ジョー)"と叫んだという話は有名です。
その言葉に「ごめんよ、どうも本当らしい。」とジャクソンは答えたといいます。


 そんな危機を救ったのが、ベーブ・ルースでした。1920年にレッドソックスからヤンキースに
移籍すると同時に投手兼任の野手から野手に専念するといきなり54本塁打を放ちました。
翌年には59本塁打を放ちました。1918年では11本で本塁打王だったことを考えると
とんでもない数字でした。ベーブ・ルースの存在が投手中心だったベースボールに本塁打の魅力を教え、興味のなかった一般人も球場へ呼び寄せ、球界を救いました。


 その後、第二次世界大戦中もフランクリン・ルーズベルト大統領が「この国のために続けられるべき」と発言し、ベースボールが行われていたことは、ベースボールが国民的娯楽となっている
ことを強く印象付けました。







         〜人種差別を屈強な精神で乗り越えたジャッキー・ロビンソン〜
 第二次世界大戦終了直後、メジャーリーグに大革命が起こりました。20世紀最初の黒人選手、ジャッキー・ロビンソンの登場です。
 1947年、ジャッキー・ロビンソンはメジャーデビューしました。しかし白人ファンからの反発は
激しくジャッキー・ロビンソンの家には連日脅迫の手紙が届き、観客からの野次はすさまじく、
チームメイトのなかにはジャッキー・ロビンソンとプレイするのを嫌がって移籍した者もいました。


 しかしジャッキー・ロビンソンは逆境にめげず、常に紳士的に振る舞い、どのような酷いことを
されても決して報復をしませんでした。そんななか、ある試合で一塁のベースカバーに入った
ジャッキー・ロビンソンが相手チームの選手にスパイクを立ててスライディングされ、怪我を
させられました。このことでチームメイトが相手チームへの怒りで一丸となり、白人のチームメイトたちがジャッキー・ロビンソンをかばいました。


 同時にロビンソンの活躍とその態度に世論も徐々に味方するようになっていき、この年いきなり
新人王と盗塁王を獲得しました。


 1949年には、首位打者、盗塁王となりMVPを獲得しました。メジャーデビュー50周年にあたる1997年には彼のつけていた背番号42が全球団の永久欠番となり、現在では97年以前から
つけていたヤンキースのマリアノ・リベラだけが付けています。日本のプロ野球で外国人選手が42番を付ける選手が多いのはこのためです。


 ジャッキー・ロビンソンによって、カラーバリアが崩れ、次々と黒人選手がメジャーの門を叩き、
メジャーのレベルが飛躍的に上がりました。


 その後ラテン系選手が、次々とメジャーに入り、今ではドミニカ共和国出身のデビッド・オティースやアルバート・プーホルスなどラテン系選手の隆盛時代となり、毎年国籍を問わず、好選手が多くやってくることが、メジャーリーグのレベルを高く保ち、この開かれた世界がメジャーリーグの魅力の一つとして存在しています。







       〜ストライキによる人気低迷を救った野茂英雄。そして、ホームラン〜
 1994年、年俸の高騰を避ける目的のサラリーキャップ制導入を主張するオーナー側と選手側が対立し、選手側が232日、1904年以来90年ぶりのワールドシリーズ中止という史上最大の
ストライキに発展しました。


 ファンは選手たちを「金の亡者」と呼び観客が激減してしまいました。ブラックソックス事件以来、2度目の緊急事態に登場したのが野茂英雄でした。1995年にメジャーデビューし、独特の
トルネード投法で、次々と三振を奪い、オールスターでは先発を務め、全米各地でノモマニアが
出現するなど、人気回復にひと役買いました。


 その後、1998年マーク・マグワイアとサミー・ソーサの本塁打ラッシュが、人気低迷を完全に
回復させました。勝負をしなかったり、ストライクが入らないピッチャーには敵味方容赦なく
ブーイングが浴びせ、ファンと選手が一体となって、力と力の真っ向勝負が、生まれ、
ベーブ・ルース以来再び、本塁打の魅力に観客が魅了されました。


 2001年には、バリー・ボンズが、シーズン73本塁打の世界記録を樹立しホームラン・
フィーバーは最高潮に達しました。


 スタジアムに行けば、信じられない打球を飛ばす選手、信じられない速球を投げる投手がいる。国籍も関係なく、各国から集まった最高の選手が最高のプレーをし、その選手に大人は、かつての自分の夢を託し、子供は将来の夢を重ね合わせ、スタンドのファン全員の夢がスタジアムに溢れている。それがメジャーリーグの世界だと思います。




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